MOTORCAR — KNOWLEDGE & TOOLS

第5章 止まる・守る / 30

つぶれる車体が人を守る仕組み

壊れない車ほど、安全なのでしょうか。人を守る車体は、形を保つ場所と、変形して仕事をする場所を組み合わせています。

衝撃を吸収する前部構造と乗員空間を備えた車体骨格の挿絵

疑問|車体は、硬ければ硬いほどよい?

空き箱を落とすと角がへこみます。そのへこみは見た目の失敗でもありますが、変形する間にエネルギーを受け持った結果でもあります。車体にも、衝突時に意図した変形を起こして、乗員への負担を減らす考え方があります。

もちろん、どこでもつぶれてよいわけではありません。人が座る空間まで大きく狭まれば、体を守れなくなります。「変形する場所」と「空間を保つ場所」を組み合わせることが出発点です。

問題|短すぎる停止時間と、狭くなる乗員空間

同じ速さから止まる場合、車体がほとんど変形せず、ごく短い距離で止まると、減速が急になります。車体の中にいる人も、ベルトなどを通じて大きな力を受けやすくなります。

一方で、弱すぎる車体では、衝突物が乗員の近くまで入り込むおそれがあります。これは侵入と呼ばれる問題です。減速を穏やかにすることと、生存のための空間を確保することを、同時に満たさなくてはなりません。

解決のアイデア|前側で変形し、人のいる場所を守る

前面衝突を考えると、車の前部にある骨組みなどを、順序よく折れたり縮んだりするように設計します。こうした変形で衝突のエネルギーを受け持つ領域を、クランプルゾーンと呼びます。

乗員のいるキャビンは、柱や床、屋根の骨組みなどで空間を保つように設計します。前部で受けた力を、一点だけへ集中させず、複数の骨組みへ流す荷重経路も大切です。厚い外板一枚で守る、という仕組みではありません。

つぶれる車体が人を守る仕組みの概念図。車両前部が変形して仕事を受け持ち、乗員空間への侵入を抑える。
図は硬い障害物への前面衝突を想定した上面の概念図です。車種固有の骨組み、衝突速度、実際の変形量は示しません。側面・後面・横転には別の検討が必要です。

仕組み|変形の距離を使って、力を時間へ広げる

力が働きながら部品が変形すると、仕事が行われます。たとえば平均10万ニュートンの抵抗を保ちながら0.5メートル変形すれば、受け持つ仕事は5万ジュールです。ジュールはエネルギーの単位。この計算は、力と距離の積で考える単純な例です。

実際の力は一定ではなく、車体は揺れたり回転したりし、相手側も変形することがあります。受け持ったエネルギーは、材料の元へ戻らない変形や熱などへ移ります。つぶれる部分が、何もせず柔らかく引っ込むわけではありません。

車体の変形は車自体が止まる距離と時間をつくり、ベルトやエアバッグは車に対して動く人を受け止めます。この二つは連携しますが、同じ仕事ではありません。前部の変形が十分でも、ベルトを使わなければ人の動き方は大きく変わります。

進化|衝突の向きと相手まで考えて設計する

正面から車幅全体で当たる場合と、片側の端だけで当たる場合では、力が入る骨組みが違います。側面は人までの距離が短いため、前面と同じ長い変形距離を確保しにくく、柱や床の構造、側面エアバッグなどを組み合わせます。

材料の強さや厚さを場所ごとに変える工夫、電池を積む車で電池の損傷を抑える構造、相手の車との高さや硬さの関係を考える設計もあります。どんな衝突にも安全な形はありません。外から見えるへこみの大小だけで安全性を決めず、人の空間と減速の仕方を一緒に見ることが大切です。

この図鑑は理解のための順番で構成しています。歴史上の発明順序を示すものではありません。図は整備・製作の手順を示しません。

第5章・30 / 48